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東京地方裁判所 平成8年(ワ)24925号 判決 1997年8月28日

原告

濱尾泰

被告

富士火災海上保険株式会社

ほか一名

主文

一  被告富士火災海上保険株式会社は、原告に対し、金一六六一万円及びこれに対する平成六年一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告富士火災海上保険株式会社に対するその余の請求を棄却する。

三  原告の被告千代田火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告富士火災海上保険株式会社に生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告千代田火災海上保険株式会社に生じた費用を原告の負担とする。

五  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(被告富士火災海上保険株式会社に対し)

被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災海上保険」という。)は、原告に対し、金一六八一万円及びこれに対する平成六年一月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(被告千代田火災海上保険株式会社に対し)

一  主位的

被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告千代田火災海上保険」という。)は、原告に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する平成六年一月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  予備的

被告千代田火災海上保険は、原告に対し、金一〇五〇万円及びこれに対する平成八年一二月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、濱尾嘉弘(以下「嘉弘」という。)及び濱尾紀子(以下「紀子」という。)が交通事故により死亡したところ、相続人である原告が自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約の保険会社である被告富士火災海上保険に対しては、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条一項に基づき、被告千代田火災海上保険に対しては、主位的に自家用自動車総合保険契約に基づき、予備的に原告と同被告間の自賠責保険金が支払われないときは、自損事故保険金の七割相当額を支払う旨の合意に基づき、それぞれ損害賠償金及び保険金の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実

1  嘉弘と紀子は、平成六年一月初旬ころ(遅くとも一月五日)、嘉弘が運転し、紀子が同乗していた普通乗用自動車(車両番号 広島五八ら四六七三。以下「本件車両」という。)が島根県江津市江津町一三三九番地一先の江の川河口左岸から海へ転落したことにより死亡した(以下「本件事故」という。)(被告富士火災海上保険との間では争いがなく、被告千代田火災海上保険との間では、甲一、一一、一七及び弁論の全趣旨によりこれを認める。)。

原告は、嘉弘及び紀子の子であり、唯一の相続人である(争いがない。)。

本件事故当時、嘉弘は株式会社モトイ産業(以下「モトイ産業」という。)の代表取締役を、紀子は同社の取締役をそれぞれ務めており(争いがない。)、本件車両は同社が所有していた(乙イ一)。

2  モトイ産業は、被告富士火災海上保険との間で、本件事故当時本件車両について自賠責保険契約を締結していた(争いがない。)。

3  モトイ産業は、被告千代田火災海上保険との間で、本件事故当時本件車両について自家用自動車総合保険契約を締結していた。右保険約款(以下「本件保険約款」という。)には、自損事故について、「被告千代田火災海上保険は、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被り、かつ、それによってその被保険者に生じた損害について自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合には、死亡保険金を支払う。」旨の定めがある(甲二一)。

原告と被告千代田火災海上保険は、平成七年一一月二八日紀子の自損事故保険金の取扱いについて、「無責と判断され、自動車責任保険金が支払われない場合は、一五〇〇万円の七割相当額を支払うこととする。」旨合意した(争いがない。)(以下「本件合意」という。)。

4  本件事故により発生した紀子の逸失利益は金八一一万円、死亡による紀子本人の慰藉料は金三五〇万円、遺族の慰藉料は金五〇〇万円である(原告と被告富士火災海上保険との間では争いがない。)。

二  争点

1  紀子は、自賠法三条にいう他人に当たるか。

2  紀子が自賠法三条にいう他人に当たらないとした場合、被告千代田火災海上保険は、自家用自動車総合保険契約あるいは本件合意に基づき保険金の支払義務を負うか。

三  当事者の主張

(争点1について)

1 被告富士火災海上保険の主張

本件車両の本件事故当時の運転者は嘉弘であり、同人は運行供用者であるが、同人の妻であり、右事故当時モトイ産業の取締役であって、右車両に同乗していた紀子もまた共同運行供用者である。しかるに、紀子は嘉弘に比べ、間接的、潜在的、抽象的な運行供用者であるから、嘉弘との関係では、自賠法三条の損害賠償請求権は発生したということができるものの、いったん発生した右請求権は混同により消滅した。また、本件車両は、モトイ産業の所有であるから、同社も運行供用者であるということができるが、紀子はモトイ産業に比べ、直接的、顕在的、具体的な運行供用者であるから、同社との関係では、自賠法三条にいう他人には当たらず、同条に基づく損害賠償請求権は発生しないものというべきである。

のみならず、仮に紀子がモトイ産業との関係においても、自賠法三条にいう他人に当たるとしても、右損害賠償債務の負担割合は嘉弘が全部で、モトイ産業は零であるところ、内部の負担割合全部の共同運行供用者の一人に対する被害者の損害賠償請求権が混同により消滅した場合には、負担割合零の共同運行供用者に対する損害賠償債務も消滅すると解すべきである。

2 原告の主張

紀子は、嘉弘との関係のみならず、モトイ産業との関係においても、自賠法三条にいう他人に当たる。

被告富士火災海上保険は、紀子がモトイ産業との関係で共同運行供用者であると主張するが、嘉弘はどのような目的で本件車両を運転していたのか、本件事故はどのような経緯で発生したのかが不明である以上、紀子が共同運行供用者であると結論付けることはできない。

また、紀子がモトイ産業との関係で共同運行供用者であったと仮定しても、夫である嘉弘との関係では他人性を認められるのに、たまたま取締役を務めていたに過ぎないモトイ産業との関係で、他人性を否定されるいわれはない。

他人性の判定に当たって考慮すべき要素としては、所有者、運転者及び被害者等関係者相互間の人的関係、日常の使用状況及び管理状況、費用負担関係、事故当時の運行目的及び利益の享受、当該車両が所有者から貸与されていた場合、誰がどのような目的で借りたのか、事故当時の運転状況、運行指示及び車両状況、その他の諸事情が挙げられる。しかるに、本件においては、単に紀子がモトイ産業の代表取締役であった嘉弘の妻であり、かつ、同社の取締役であったという事実関係が認められるだけであるから、紀子がモトイ産業に比べ、直接的、顕在的、具体的な運行供用者であり、同社との関係で自賠法三条の他人に当たらないということはできない。

(争点2について)

1 原告の主張

(一) 本件保険約款は、被保険者に生じた損害について自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合に保険金が支払われる旨定めているところ、紀子がモトイ産業に対する関係で同条にいう他人に当たらず、紀子のモトイ産業に対する同条に基づく損害賠償請求権が発生しないとすれば、被告千代田火災海上保険は原告に対し、右規定に基づき保険金を支払う義務がある。

仮に、紀子の嘉弘に対する自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しないこともまた必要であるとしても、右規定は自賠責保険の隙間をカバーするために設けられたものであって、右規定にいう自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合には、混同による消滅の場合も含むものである。

(二) また、本件合意は自賠責保険金が支払われない場合のためにされたものであるところ、原告及び被告千代田火災海上保険は、混同の場合を除外する意図は全くなく、自賠責保険金が支払われない場合は、同被告において自損事故保険金の七割相当額を支払うということで和解したものである。

なお、本件合意にいう「有責」、「無責」とは紀子の自損事故への関与の有無、すなわち自殺かどうかを意味するものであるところ、同人は自殺をしたわけではないのであるから、結局同人は本件事故の発生について無責であり、自賠責保険金が支払われない場合に該当する。

2 被告千代田火災海上保険の主張

(一) 原告の主張(一)は争う。

(二) 本件保険約款には、自損事故保険及び搭乗者傷害保険について、被保険者の故意又は自殺行為等によりその本人について生じた傷害に関しては、保険金を支払わない旨定められている。

しかるに、本件事故については、自殺の疑いが強かったものの、他方遺書の存在等の自殺を裏付ける決定的な証拠も発見されなかったことから、被告千代田火災海上保険としては、原告に支払う保険金の減額を求めることにした。

そこで、原告と被告千代田火災海上保険は、平成七年一一月二八日嘉弘の自損事故保険金及び搭乗者傷害保険金並びに紀子の搭乗者傷害保険金について契約に定める保険金額の七割相当額を支払う旨の合意をした。

ところで、紀子の自損事故保険金については、前記のとおり本件保険約款上「その被保険者について自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合」が支払条件とされているところ、紀子はモトイ産業に対する関係ではともかくとして、嘉弘に対しては自賠法三条の損害賠償請求権が発生したと認められる可能性が高かった。そこで、原告と被告千代田火災海上保険は、平成七年一一月二八日、原告が自賠責保険会社である被告富士火災海上保険に対して行った被害者請求において、紀子について無責である場合、すなわち自賠法三条の損害賠償請求権が発生しない場合に限り自損事故保険金を支払う旨の本件合意をした。

「有責」、「無責」の用語は、保険実務上保険者の保険金支払義務の有無を示す意味で用いられることが多く、本件合意における用語も同様である。

被告千代田火災海上保険において、本件保険約款よりも加重された義務を殊更負担するということは、右合意に至る経緯に照らしても、あり得ないことである。

第三争点に対する判断

(争点1について)

一  紀子が嘉弘との関係で、自賠法三条にいう他人に当たることは当事者間に争いがないところ、右紀子の嘉弘に対する損害賠償請求権は原告の相続による混同に基づき消滅した。問題となるのは、紀子がモトイ産業との関係において、自賠法三条にいう他人に当たるかという点である。

自賠法三条は、運行供用者及び運転者以外の者を他人というところ、当該交通事故の被害者が右他人に当たるか否かは、具体的な事実関係のもとにおいて判断されるべきである。

しかるに、本件においては、前記のとおり平成六年一月初旬ころ、嘉弘が運転し、紀子が同乗していた本件車両が島根県江津市江津町一三三九番地一先の江の川河口左岸から海に転落し、右両名が死亡したこと、本件車両の所有者はモトイ産業であり、嘉弘がその代表取締役、紀子がその取締役であることが判明しているだけである。それ以外の事実関係、すなわち、(一) 本件車両の運行目的は何であったのか、モトイ産業の業務の一環としての運行であったのか、それとも、嘉弘あるいは紀子の私用のための運行であったのか(モトイ産業は、本件事故当時右両名と原告が取締役をしているごく小規模の会社であることからすれば(甲二、乙イ二)、会社財産と代表取締役の私財との区別が明確化しておらず、本件事故が発生した時期も併せ考慮すると、私用のための運行であったことも十分に考えられる。)、(二) 紀子はどのような経緯で本件車両に同乗するに至ったのか、紀子の同乗はその意思に沿うものであったのか、(三) 本件事故当時紀子は嘉弘に対し、本件車両の運行について指示をしていたのか、その他運転の状況はどうであったのか、(四) 本件車両の日常の管理状況及び車両の費用負担関係はどうであったのか等の重要な事実関係が明らかではないのである。

このような事実関係のもとにおいて、被害者である紀子が単に運行供用者であるモトイ産業の代表取締役である嘉弘の妻であり、同社の取締役であるからといって、そのことだけで、直ちに本件事故当時紀子が本件車両の運行について運行支配と運行利益を有していたことや、まして紀子が運行供用者であることを前提として、同人の運行供用者性がモトイ産業のそれに比べ、直接的、顕在的、具体的であることなどを認めることはできないというべきである。

被害者の他人性が阻却される場合には、運行供用者において損害賠償義務を免れることになるという自賠法三条の法的枠組みなどに照らせば、同条の他人性の欠缺は、被告富士火災海上保険側において立証すべきものと解されるところ、結局本件においては右の点についての立証がないことに帰する。そうすると、紀子はモトイ産業に対しても、自賠法三条に基づく損害賠償請求権を取得したものというべきである。

二  被告富士火災海上保険は、仮に紀子がモトイ産業との関係においても、自賠法三条にいう他人に当たるとしても、右損害賠償債務の負担割合は嘉弘が全部で、モトイ産業は零であるところ、内部の負担割合全部の共同運行供用者の一人に対する被害者の損害賠償請求権が混同により消滅した場合には、負担割合零の共同運行供用者に対する損害賠償債務も消滅すると解すべきであると主張する。

しかしながら、嘉弘とモトイ産業の紀子に対する各損害賠償債務は、いわゆる不真正連帯債務であるところ、右債務者相互間には同一損害の填補を目的とする限度以上の関連性はないのであるから、債権を満足させる事由以外には、債務者の一人について生じた事項は他の債務者に対して効力を及ぼさないものというべきであって、不真正連帯債務には連帯債務に関する民法四三八条の規定の適用はないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四八年一月三〇日判決判例時報六九五号六四頁参照)。

なお、不真正連帯債務においても、債務者相互間には負担割合があり、これに基づいて求償関係が存在するものと考えられるが、右負担割合を調整し、求償の範囲を定めるに当たっては、本来不確定な要素が少なくなく、これを一義的に判断することはできないというべきである(東京高等裁判所昭和五九年一〇月一六日判決交通民集一七巻五号一一九三頁参照)。加えて、本件においては前記のとおり事実関係の大半が判明していないなどの事情もあることを考慮すれば、被告富士火災海上保険が主張するように嘉弘とモトイ産業との負担割合を割り切って考えることはできないのであって、右負担割合に基づく求償関係の存在をもって民法四三八条の適用を肯定することはできない。

三  原告は、第二一4記載の紀子の逸失利益、死亡による紀子本人の慰藉料及び遺族の慰藉料の合計を金一六八一万円であるとして本訴請求をしているが、右合計額は金一六六一万円の誤りであることは明らかである。

また、原告は被告富士火災海上保険に対する請求について、平成六年一月五日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、自賠法一六条一項に基づく原告の同被告に対する直接請求権は、損害賠償請求権に他ならないから、同被告の原告に対する損害賠償債務は商法五一四条の「商行為ニ因リテ生ジタル債務」には当たらないものというべきである(最高裁判所昭和五七年一月一九日判決民集三六巻一号一頁参照)。したがって、原告の被告富士火災海上保険に対する請求についての遅延損害金の割合は年五分を超えることはない。

四  以上によれば、原告の被告富士火災海上保険に対する請求は、主文第一項掲記の限度で理由がある。

(争点2について)

紀子は、嘉弘とモトイ産業のいずれに対する関係においても、自賠法三条に基づく損害賠償請求権を取得しており、モトイ産業に対する関係で自賠責保険による保険金が支払われるべきであると解されることは前記認定のとおりである。

そうすると、原告の被告千代田火災海上保険に対する主位的及び予備的各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

(裁判官 志田原信三)

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